Ⅰ. 小児脳神経外科とは
胎児から小児期に生じる脳と脊髄の外科疾患を担当します。成人と比較し疾患の種類・治療に違いが多いことから、小児専門の脳神経外科医が担当します。診療では特に以下の点を重視しています。
1.小児特有の症状を評価します
成長中であることが小児特有の症状を生じさせます。頭囲拡大、狭頭(小頭)、頭蓋変形、発達障害、四肢変形、脊椎側弯、腰仙部の皮膚異常などが代表です。 これらは神経障害に先立って認められることも多く、早期発見に役立ちます。
2.成長を踏まえ、治療計画します
病気によって、成長とともに自然矯正・治癒する場合と、逆に進行する場合があります。手術の必要性や最適時期・方法は患児ごとに評価し、説明します。
3.複数の小児専門科による包括的医療を重視します
多くの場合、手術が治療の全てではありません。さまざまな症状に合わせ、各専門科の診療を組み合わせることが勧められます。
発育・発達の評価とフォローアップには、小児科が携わります。各種発達障害の治療には、各リハビリテーション(理学療法、作業療法、言語聴覚療法、視能訓練)が関わります。二分脊椎に代表される排尿・排便障害には小児泌尿器科、WOCナース(皮膚・排泄ケア認定看護師)によるサポートが必要です。四肢の麻痺・変形には小児整形外科によるサポートが必要です。また、地域連携室は地元の医療機関、保健センター、発達支援センター、訪問看護ステーションとの連携を調整します。このような包括的医療に基づく療育(病気を克服し自立するための医療と保育)が、良好な成長のために欠かせないと考えます。
Ⅱ. 代表的疾患
コンテンツ
- 水頭症
- 脳腫瘍
- 二分脊椎
- 周産期疾患
- 頭蓋骨縫合早期癒合症/位置的頭蓋変形
- キアリ奇形,脊髄空洞症
- 痙縮(痙性麻痺) new
Ⅱ-1. 水頭症
脳脊髄液(髄液)が過剰になる病気です。頭蓋内の圧力が上がることで、頭囲拡大、発達遅滞、視力障害を引き起こします。
ヒトの脳は髄液という液体に浮いています。さらに、脳の中心にある部屋(脳室)にも髄液があります。髄液は脳室で作られ、細い通路を通って脳の表面へと流れ出て、ここで吸収されています。水頭症はこの細い通路が閉塞したとき(図2参照:脳腫瘍による閉塞例)、もしくは髄液を吸収する能力が低下したときに起こります。治療法は水頭症の原因によって決まり、内視鏡的第三脳室底開窓術あるいは脳室-腹腔シャント術が主に行われます。
Ⅱ-2 脳腫瘍
小児において、白血病(血液の腫瘍)に次いで多く発生します。麻痺や痙攣、意識障害などの神経症状を生じますが、初期には活気低下、食欲低下、嘔吐だけを認めることがあります。発達の退行(一旦できるようになったことが、できなくなる)をみる場合にも注意が必要です。小児期に発生しやすい脳腫瘍は、星細胞腫(びまん性、退形成性、びまん性正中、毛様細胞性など)、上衣腫・上衣下腫、脈絡叢腫瘍、松果体部~鞍上部の腫瘍(ジャーミノーマ、奇形腫など)(図2参照)、髄芽腫、頭蓋咽頭腫、神経線維腫症、ランゲルハンス細胞組織球症などです。治療は腫瘍の種類、発生場所、年齢によって異なります。関係診療科(小児脳神経外科、血液腫瘍科、病理科、放射線科、麻酔科)でカンファレンスを行い、個々の児に最適な治療方針を摘出術、化学療法、放射線治療から組み立てます。大掛かりな摘出術では、札幌医科大学脳神経外科 脳腫瘍班と連携して行います。化学療法は血液腫瘍科が担当します。小児の放射線治療では負担の少ない麻酔・鎮静の工夫が必要となるため、放射線科に加え麻酔科も担当します。
Ⅱ-3 二分脊椎
脊髄は脳と身体各部をつなぐ神経の束で、脊椎(背ぼね)の中を通っています。脊髄に生じた先天異常を二分脊椎と言います。<小児の脊椎の一部は軟骨であることから、正常でもレントゲンで二分して見えます。異常所見と区別が必要です。>
開放性二分脊椎
背中の皮膚が欠損し、脊髄が体外へ露出している状態です。脊髄髄膜瘤、脊髄披裂とも呼ばれます。下肢の運動・感覚障害、排尿・排便障害が認められます。水頭症(Ⅱ-1参照)と、キアリ奇形(小脳が脊椎管へ落ち込む奇形)を合併しやすく、脊髄空洞症(Ⅱ-6参照)もしばしば伴います。生後数日以内に背部修復術が必要です。その後、水頭症に対し脳室-腹腔シャント術も要します。キアリ奇形の治療は、必要になることはまれですが、その場合後頭蓋窩減圧術を行います。
閉鎖性(潜在性)二分脊椎
脊髄の奇形が皮膚に覆われ、見えない場合を言います。脊髄脂肪腫、緊縛終糸(低位脊髄円錐)、先天性皮膚洞、係留索状物(Limited dorsal myeloschisis)、遺残原始脊髄(Retained medullary cord)、脊髄髄膜囊瘤、分離脊髄奇形(割髄症、重複脊髄)など多数の疾患が含まれます。背中~お尻の皮膚に、陥凹(へこみ)、皮下腫瘤(コブ)、臀裂不整(お尻の割れ目の非対称・枝分かれ)、血管腫(赤いアザ)、瘢痕、多毛、皮膚突起(人尾)があるときは注意が必要です(図3参照)。脊髄への牽引負荷(脊髄係留といいます)、あるいは圧迫負荷によって、下肢や排尿・排便に関する障害が生じえます。先天性皮膚洞では、髄膜炎も生じます。閉鎖性の場合、水頭症とキアリ奇形は通常合併しません。治療は、症状の有無や係留・圧迫の程度によりますが、必要な場合係留解除術、切除術、修復術が行われます。
Ⅱ-4 周産期疾患
頭蓋内出血(上衣下出血、脳室内出血、くも膜下出血、硬膜下血腫)、水頭症、虚血性脳症、頭皮の血腫(帽状腱膜下血腫、頭血腫)が生じます。脳血管の未熟性など原因はさまざまです。哺乳不良、無呼吸発作、頭囲拡大、貧血、痙攣などが生じます。髄液リザーバ設置術や脳室ドレナージ術、内視鏡的血腫吸引術、開頭血腫除去術などを必要とする場合があります。
Ⅱ-5 頭蓋骨縫合早期癒合症
(本疾患と区別が必要な「向きぐせ変形(位置的頭蓋変形)」については以下の※参照)
頭蓋骨は複数の骨から構成されています。骨同士のつなぎ目は縫合と呼ばれ、頭蓋骨はここで成長し大きくなります。この病気では、縫合が早い時期に癒合(閉鎖)して成長しなくなるため、頭部はさまざまに変形し、短頭蓋、長頭蓋(舟状頭蓋)、三角頭蓋、斜頭蓋、クローバー葉頭蓋、尖頭蓋などを呈します。頭蓋内が狭くなることで脳の成長が損なわれ、発達遅滞が生じます。顔面骨まで変形する場合は、眼球突出や呼吸不全を起こします。治療は、脳の成長スペースを確保すること、および外見上の形態改善が目的となります。手術方法は病気のタイプや年齢によって異なり、縫合切除術、頭蓋形成術、骨延長器による治療を行います(図4参照)
頭蓋骨が柔らかい新生児~乳児期早期に一定方向を向いて寝ていると,下になる部分が平になり「向きぐせ」が生じます.しかし,首が座り頭部を自由に動かせるようになると2歳までにほとんどが改善することから,通常病気として扱われません.また,一部の症例では強い変形が残り得ます.この場合の神経運動発達障害との関連に関する報告は,意見が分かれています.
強い変形を防ぐためには,いろんな方向を向くよう,背中にタオルを入れる,興味を示す方向に合わせてベッドの向きを工夫することなどが有効です.
前述の頭蓋骨縫合早期癒合症との区別は図5のように可能なことが多いですが,見分けにくい場合もあります.その場合はご相談ください.
2024年8月23日より当院で,「位置的頭蓋変形に対するヘルメット治療」が可能となりました.変形が強い場合に選択肢となりますが,病的状態ではないため自費診療です.詳細は専用ページ「赤ちゃんの頭のかたち外来」参照ください.
Ⅱ-6 キアリ奇形、脊髄空洞症
キアリ奇形は、頭蓋内にあるはずの小脳が脊椎管へ落ち込む病気です。頚髄や脳幹が圧迫され、さまざまな症状が出ます。小児では頭痛、睡眠時無呼吸(強いイビキや息止め)、嚥下障害、ふらつき、運動発達遅滞がしばしば認められます。脊髄空洞症を引き起こし、脊柱側弯も生じます。治療は症状が出ている場合、あるいは脊髄空洞が進行する場合に必要です。小脳による圧迫を取り除く目的で後頭蓋窩減圧術を行います(疾患の状態に応じ、いくつかの方法から選択します)。まれにSSシャント術(空洞-くも膜下腔シャント術)が必要になります。
Ⅱ-7 痙縮(痙性麻痺)
脳や脊髄は,筋肉を「収縮させる指令」と「弛緩させる指令」を出しています.脳性麻痺や脊髄損傷では「弛緩させる指令」がしばしば弱くなります.収縮と弛緩の調和が崩れ,自らの意思に関係なく筋肉に力が入ってしまう状態が痙縮です.自由に動かせなくなるほか,苦痛を伴ったり,関節が変形あるいは脱臼したり,脊柱が変形したりします.移動や着替え,オムツ交換など介護の支障になることもあります.
治療法には内服,注射.手術といろいろありますが,図のようにそれぞれ特徴があります.一時的な効果を示すものと永久的なもの,身体の一部に効くものと全身に効くものがあります.基本的に内服治療から始めますが,必要があれば患者さんの状態に応じ注射や手術の組み合わせが勧められます.ここでは,患者さんの緊張の種類を正確に評価することが重要になります.また,充実したリハビリテーションとともに行うことで効果が得られる点を理解することも大切です.
Ⅲ 診療実績
Ⅳ 業績
Ⅳ-1 論文、その他の執筆
吉藤和久,師田信人,井原 哲: 小児における腰仙部脊柱管後方成分形成の検討.小児の脳神経 32:426-429,2007
吉藤和久,小柳 泉,越智さと子,宝金清博: 小児腰仙部脊髄脂肪腫における脊柱異常 ―椎弓未癒合のCT所見を中心として―.小児の脳神経 34:374-379,2009
吉藤和久: 二分脊椎症ではどうして水頭症を合併しやすいの? 小児外科 41:1305-1307, 2009
吉藤和久: 小児硬膜下液貯留(脳外液貯留).脳神経外科臨床マニュアル 改訂第4版(端 和夫編),p 674-679,シュプリンガー・ジャパン,2010
吉藤和久,越智さと子,村上友宏,金子高久,小柳 泉: 小児腰仙部脊髄脂肪腫 ―形態的特徴と自然経過,治療成績の検討―.脳神経外科ジャーナル 20:208-216, 2011
吉藤和久,越智さと子,小柳 泉,三国信啓: 腰仙部皮膚異常と潜在性二分脊椎に伴う脊髄病変.Spinal Surgery 26:325-326,2012
吉藤和久,小柳 泉: 脊髄脊椎損傷.小児脳神経外科診療ガイドブック(新井 一,伊達裕昭,西本 博編),p 323-329,メジカルビュー社,2013
吉藤和久,小柳 泉: 潜在性二分脊椎.別冊 日本臨牀 神経症候群(第2版)(Ⅳ),p 46-48,日本臨牀社,2014
吉藤和久,小柳 泉: 脊髄脂肪腫.別冊 日本臨牀 神経症候群(第2版)(Ⅳ),p 49-52,日本臨牀社,2014
吉藤和久: 開放性二分脊椎の修復術.イラストレイテッド・サージェリー,脊椎脊髄29,87-94,2016
吉藤和久: 神経管閉鎖障害(二分脊椎).Neonatal Care 2017年春期増刊(通巻401号),140-144,2017
吉藤和久,大森義範,小柳泉,師田信人,三國信啓: 潜在性二分脊椎.脳神経外科ジャーナル 27.662-669,2018
吉藤和久,大森義範,小柳泉,三國信啓: キアリⅠ型奇形の手術.小児の脳神経 43.448-454,2018
吉藤和久: 脳外液貯留(硬膜下液貯留,くも膜下腔拡大).脳神経外科臨床マニュアル.361-364,2018
吉藤和久: 水頭症.脳神経外科臨床マニュアル.365-372,2018
吉藤和久: 二分脊椎.脳神経外科臨床マニュアル.373-387,2018
吉藤和久: くも膜嚢胞.脳神経外科臨床マニュアル.388-390,2018
吉藤和久: 二分脊椎.CLINICAL NEUROSCIENCE 脊柱と脊髄37 No.6.722-725,2019
吉藤和久: 頭囲の異常.小児科臨床 72.1113-1118,2019
吉藤和久,大森義範,木村幸子,高橋秀史,小柳 泉,三國信啓: Retained medullary cordの2症例. 脊髄外科 Vol . 34:79-83,2020
吉藤和久,大森義範,山岡 歩,小柳 泉,三國信啓: 脊髄髄膜瘤におけるMRI上の高位と機能予後・合併病変.小児の脳神経 45:77-82,2020
Yoshifuji K, Omori Y, Morota N: Physiological defects of lumbosacral vertebral arches on computed tomography images in children. Chaild’s Nerv Syst. 37:1965-1971, 2021
吉藤和久.外傷後水頭症・外傷後脊髄空洞.小児頭部外傷の診断と治療 第1版,中外医学社.188-193,2021
Yoshifuji K, Morota N, Omori Y, Koyanagi I. Mikuni N: Physiological rapid growth of spinal lipoma in the early postnatal period. J Neurosurg Pediatr 29:634-642,2022
吉藤和久.終糸脂肪種.脳神経外科50:1203-1211,2022
吉藤和久.二分脊椎.LiSA (Life Support and Anesthesia) 31: 422-425, 2024
吉藤和久,二分脊椎と脊髄先天奇形.小児神経外科教育セミナー2024テキスト:45-52,2024
吉藤和久,在原正泰,今井 翔,三國信啓.脊髄円錐部脂肪腫の発生に基づく分類と治療成績,手術所見.小児の脳神経 49:99-104,2024
Ⅳ-2 2024年 学会発表・講演
吉藤和久,SDR 選択的脊髄後根切断術 ―脳神経外科の立場から―,第21回 北海道小児理学療法研究会オープンセミナー (札幌,2024.4.21) Web開催
吉藤和久,在原正泰,今井翔,三國信啓,脊髄髄膜瘤は一次神経管と二次神経管由来で形態,手術法に違いがある,第52回 日本小児神経外科学会 (富山,2024.6.7-8)
吉藤和久,二分脊椎と脊髄先天奇形,小児神経外科教育セミナー2024 (富山,2024.6.8-7.9) Web,オンデマンド
吉藤和久,脳脊髄液動態と水頭症,シャントシステム:最近の進歩,第41回日本二分脊椎研究会 (東京,2024.7.6)
吉藤和久,発生に基づいた二分脊椎の病態,第44回日本小児病理研究会学術集会 (札幌,2024.9.7)
在原正泰,脊髄髄膜瘤の修復術,第25回Skill-building Neurosurgical Conference (札幌,2024.3.30)
在原正泰,吉藤和久,三國信啓,乳幼児急性硬膜下血腫虐待例・非虐待例の特徴,第52回日本小児神経外科学会 (富山,2024.6.7-8)
在原正泰,吉藤和久,頭部外傷後に二相性にけいれん発作を認め,MRIで片側性にbright tree appearanceを呈したTBIRD症例,第42回The Mt. Fuji workshop on CVD (札幌,2024.8.31)
在原正泰,吉藤和久,三國信啓.頭蓋前方の開溝術に続き後方へ開溝術と大孔減圧術を追加したファイファー症候群の一例.第41回日本こども病院神経外科医会 (神戸,2024.11.2-3)
Ⅳ-3 学術集会開催
第34回日本こども病院神経外科医会,会長:吉藤和久,2016年11月5~6日,かでる2・7(札幌市中央区)
Ⅴ 小児脳神経外科は私たちが担当します
吉藤 和久(よしふじ かずひさ) H5札幌医科大学卒 医学博士 日本脳神経外科学会専門医 日本小児神経外科学会認定医 日本脊髄外科学会認定医 脊椎脊髄外科専門医 札幌医科大学脳神経外科 兼任助教 札幌医科大学 臨床教授 日本小児神経外科学会評議員 日本二分脊椎研究会世話人 日本こども病院神経外科医会役員
在原 正泰 (ありはら まさやす) H26札幌医科大学卒 医学博士 日本脳神経外科学会専門医